物言わぬcomma

Almost anything you do will be insignificant, but you must do it. We do these things not to change the world, but so that the world will not change us.

ファクトチェックに関する諸問題

はじめに

先日より大阪維新の会が公式 Twitter アカウントによって行いはじめた "ファクトチェック"を取り上げる*1.正直なところ,悪い意味で想像を超えたものであった. すでにSNS上では批判の声が上がっているが,ここではこの公式アカウントがファクトチェックの定義,原則を満たしていないことについて述べる. この他にも,政党がファクトチェックを行うことの危険性, 一般人の方のTweetを引用することの危険性等,たくさんの問題がある(むしろこれらのほうが問題である). これらについては別の機会があれば議論したい.

いきさつ

大阪維新の会が先日より,公式 Twitter アカウントを用いて"ファクトチェック" をはじめた.このアカウントによれば,"ファクトチェック" の目的は以下である.

twitter.com

大阪維新の会では、昨今の深刻化するデマ情報の氾濫を受け、住民の皆様に正しい情報を知っていただけるよう情報の真偽を客観的事実をもとに調査し、事実を発信していく公式アカウントを開設しました。 SNS上で、見過ごせないデマや誤情報等御座いましたら情報提供ください。

 

このアカウントが開設された後,大阪維新の会の代表である吉村氏がその意図を会見で述べている.以下の動画の11:50 あたりからが該当するやり取りである.

 

www.youtube.com

 

この会見のうち,"ファクトチェック"に関する発言を取り上げたデイリースポーツの記事から,吉村氏の発言を引用する.

 

news.yahoo.co.jp

デイリースポーツの記事より吉村氏の会見での発言を引用

ネット上のデマが出回る傾向が強い。特に“維新憎し”でいろんなデマが匿名で出回る。それがリツイートされたり、拡散されて、あたかも本当かのように情報が出回ってしまう。これはよくないと思う。僕自身が個別で“これデマですよ”と言い出したら仕事が成り立たないんで、僕はやってないが、大阪維新の会という組織でみたときにはデマ情報に対してきちんと対応すべきじゃないかと考えた。組織として対応していこうという判断.

「維新憎し」という言葉に,吉村氏や大阪維新の会の負の側面が如実にあらわれている.この点はさておき,大阪維新の会により発信されるデマや大阪維新の会を批判するためのデマが出回っているのは事実であるし,デマは望ましくない.

ファクトチェックとは

ここで,そもそもファクトチェックとは何かについて確認したい.筆者が知りうる限り,日本で最も有名なファクトチェックを行う団体であるFIJのHPより,ファクトチェックに関する記述を引用する.

ファクトチェックの定義

公開された言説のうち、客観的に検証可能な事実について言及した事項に限定して真実性・正確性を検証し、その結果を発表する営み.

 https://fij.info/introduction/basic/

ファクトチェックの原則

ファクトチェックは、特定の主義・主張や党派・集団等を擁護、あるいは批判する目的で行うものではありません。「非党派性・公正性」ーーこれは、国際標準のファクトチェック原則であるIFCNファクトチェック綱領において最も重要な考え方です。

https://fij.info/introduction/basic/

重要なのは,2つ目のファクトチェックの原則である.「非党派性・公正性」が原則であるし,ファクトチェックは特定の主義・主張,党派・集団などの擁護や批判を行うことが目的ではない. 

公式ファクトチェッカーの問題点1

 1つ目の問題点は,先程見たファクトチェックの原則を大阪維新の会の"ファクトチェック"が破っている点である.非党派性や公正性を担保しなければならないのに,地域政党である大阪維新の会がファクトチェックを行うことがそもそもおかしいのである.

ここで,大阪維新の会の公式アカウントはファクトチェッカーと述べており,ファクトチェックという言葉は使っていない.ここから,本来の意味でのファクトチェックを行っているのではない,と大阪維新の会は考えているのかもしれない.そうであれば,  公式アカウント名を「ファクトチェッカー」という本来の意味でのファクトチェックを連想させるものから,他の適切な名称に変更する必要がある.

ここで,「じゃあ大阪維新の会はデマに反論する機会すらないのか」と思うかもしれない.もちろん,大阪維新の会にもデマに反論する権利はある(むしろ正すべきである).しかし,その場合は大阪維新の会が単にデマに対して反論すればよいのであって,わざわざファクトチェックを連想させる言葉を使う必要はない.

公式ファクトチェッカーの問題点2

 上で見たように,立ち上げの時点で公式アカウントは多くの問題を抱えていた.そして,昨日はじめての"ファクトチェック" が行われた.以下,そのTweetを引用する.

 

 

対象となったのは,一般人の方のTweetである.コロナウイルスの濃厚接触者になり,その際の対応について述べたものである.

さて,上記の公式アカウントは,ファクトチェックの定義を満たしているのだろうか.ここで,前述したFIJのファクトチェックの記事と比較されたい.

infact.press

上記の記事を見てもらえればわかるように,菅首相の発言に対して,客観的なデータを用いて「誤り」であると述べている*2.先に見たように,ファクトチェックは「公開された言説のうち、客観的に検証可能な事実について言及した事項に限定して真実性・正確性を検証し、その結果を発表する」ものである. また,公式アカウント自体も「住民の皆様に正しい情報を知っていただけるよう情報の真偽を客観的事実をもとに調査し、事実を発信していく」と述べている.

では,大阪維新の会の公式アカウントの"ファクトチェック" に戻ろう.はたして,公式アカウントの前述したTweetは,「真実性・正確性を検証し,その結果を発表」しているのだろうか? 一読しただけでは,その結果が明確に述べられているようには思えない.一般人の方のTweetが示すコロナの対応が,実際に起きたことなのかそうでないのか,その結果を検証しているようには見えない.一般人の方のTweetが示す濃厚接触者への対応の経緯,根拠,そして他の都市でも同様の対応が行われていることが述べられており,大阪市の対応を「擁護」しているように見える.この点で,公式アカウントの"ファクトチェック"はファクトチェックの定義を満たしていない.

もちろん,濃厚接触者への対応の経緯などを説明することは悪いことではない.ファクトチェックを連想させるアカウント名を名乗り,デマに対応すると言いながら,デマであるかどうかを判断しているようには見えず, ファクトチェックの要件を満たしていないことが問題なのである.

まとめ

ここまで見たように,大阪維新の会の公式アカウントはファクトチェックを連想させる言葉を使いながら,ファクトチェックの要件を満たしていないことを見てきた.正直なところ,大阪維新の会のこの一連の動きは軽薄であると言わざるをえない.デマを正そうとすることは問題ないが,ファクトチェッカーというアカウント名はすぐに変更するべきである.このままであれば,"ファクトチェック"をファクトチェックする世界がすぐにやってくることになるだろう.

 

 

 

*1:以下,"ファクトチェック"と述べた際の「"     "」は Scare Quotes(皮肉の引用符)を表すものとする.

*2:なお,ファクトチェックの結果は「正確」,「誤り」といった2分法ではなく,その他にも「ミスリード」など,レーティングの基準により様々な段階がある.