物言わぬcomma

Almost anything you do will be insignificant, but you must do it. We do these things not to change the world, but so that the world will not change us.

噛み合わない記者会見の構図:質問への不回答・質問内容の誤解

大阪府大阪市大阪大学大阪市立大学を中心とした新型コロナウイルスに対するワクチンの開発が話題になっている。ここ1週間で様々な報道がなされているが、その中で作為か不作為によるものかはわからないが、議論が噛み合っていない点が散見されたのでまとめたい。

1. 6月17日の吉村知事による定例会見

6月17日の定例会見において、吉村府知事が上述したワクチンの進捗状況に関する報告を行った。その会見の際に、吉村府知事は6月30日より開発中のワクチンの人への投与、すなわち、治験を「実施する」と述べた。


大阪府・吉村知事「ワクチン開発、オール大阪で取り組んでいる」(2020年6月17日)

問題の発言は、会見冒頭の部分である。この会見を文字起こしした記事があるので、そちらを転載する。

 

news.yahoo.co.jp

 

上記の記事から問題の発言の箇所を引用する。

吉村:僕からは2点です。まず1点目は新型コロナウイルスのワクチンについてです。日本産、そして大阪産の新型コロナのワクチンの開発をこの間、進めてまいりましたが、6月30日、今月末に人への投与、治験を実施いたします。これは全国で初になると思います。ー中略ー動物実験等々も経まして、6月30日に阪大の、いわゆるワクチンを、市大で治験をすると。6月30日に、現実に人に投与すると。最初は医療関係者になると思いますが、ということを実施いたします。その発表です。

引用箇所から分かるように、吉村府知事は開発中のワクチンを、6月30日に大阪市立大学の医療関係者に投与することを発表した。

 

2. 毎日新聞による報道

昨日、この大阪市立大学での治験に関して毎日新聞による報道が行われた。

 

news.yahoo.co.jp

毎日新聞の報道によれば、17日に発表された大阪市立大学での治験に関する審査委員会は、24日に開催されるとのことである。問題の箇所を引用する。

 

ワクチンは阪大の森下竜一教授と製薬ベンチャーアンジェス」などが共同開発。吉村洋文知事は17日、市大病院の医療従事者20~30人を対象にした治験が30日から実施されると発表した。通常、治験は実施される医療機関で承認を受けた後、日程などの計画が公表される。しかし市大審査委は日程公表後の24日に開かれた。市大は「審査結果は後日発表する」としている。

つまり、吉村府知事は大阪市大の審査委員会で治験が承認される前に、記者会見において「治験を実施する」と発表したことになる。

3. 問題点1:「質問への不回答」

この報道がなされた日に、吉村府知事による定例会見が行われた。当然、17日の記者会見の内容と毎日新聞の報道との関係について記者から質問が挙がった。


大阪府・吉村知事「感染防止宣言ステッカーを発行」(2020年6月24日)

 

問題の質疑は、動画で言うと57:45あたりからである。この記者会見に関しても、文字起こしを記載した記事があるので、そちらを転載する。

 

news.yahoo.co.jp

 該当の質疑の箇所を引用する。まずは、記者の方の質問の部分である。

共同通信共同通信の山本です。大阪大学で研究が進んでいます新型コロナのDNAワクチンの件で伺います。本日、市大病院のほうで治験審査委員会が開かれる予定でして、このワクチンについても議論されると思いますけども、知事は先週17日の定例会見で、すでに6月30日に人への投与、治験を実施するというふうに発表しておられます。一方で、治験審査委員会のほうの関係者からは倫理性、安全性、それから科学的な妥当性についてチェックする審査委員会は本日開催予定ですので、その開催前に行政サイドから決定事項のように発表されたということについて、その対応をちょっと疑問視するような声も上がっているんですけども、先週の記者会見でワクチン開発のスケジュールを発表されるに際して、府庁の中でどういった議論があって、どういう経過で定例会見での発表になったのかお知らせいただけますでしょうか。

記者の方が問題にしているのは2点である。

  1. 大阪市立大学の審査委員会が開催される前に記者会見において大阪市立大学での治験が発表されたことに関して、疑問視する声が上がっている。
  2. 17日の定例会見でのワクチン開発に関する発表の前に、府庁の中でどのような議論があり、どのような経緯があったのか。

 至極まっとうな質問である。この質問に対する吉村知事の回答を引用する。

吉村:まず、最終的に決定をするのは、これは市大の倫理委員会で決定されるということになると思います。ですので、これがもし30日、どういう決定になるかは分かりませんが、最終的な決定はそこで判断されるということになると思います。ただ、そのワクチンについてのいわゆる目標、これはワクチンを開発して進めていくという目標というのを、いわゆる協定も結んでいるわけなので、知事の立場で、14日に協定を結んでいますので、市大と阪大と、それから大阪府市で決めていますから、それについての目標を掲げるということは、これは知事にまったくしゃべるなというのもおかしいですから、その目標を掲げているということです。最終的なところは倫理委員会、市大において決定されると思ってますが、僕はその目標値として府民の皆さんにお知らせをしたということです。その前日には松井市長もお知らせをしているということだと思います。

その中身については、ある意味、森下先生も含めていろんな進捗状況はお聞きをしていますので、それに基づいて、森下先生以外にもお話はお聞きしますが、それに基づいて、ある意味、方向性というか、目標というか、そういうものを発表していくということです。最終的には市大の倫理委員会で決められるというふうに思います。

吉村府知事によれば、17日の定例会見での発表は、「目標値として府民の皆さんにお知らせをした」ということのようである。これはおそらく、上述した1. の「疑問視の声が上がっている」という記者の発言に対して返答したのであろう。この発言は、「実施すると言ったが、これは目標値を述べただけで問題はない」と解釈するしかない。

しかし、上の引用を見れば分かるように、17日の定例会見で吉村府知事は30日に治験を「実施する」と述べている。「実施する」は確定事項であり、「目標値」ではない。残念ながら、17日の定例会見での30日の治験実施に関する発言を、目標値であると解釈するほどの高尚な読解力を私は持ち合わせていない。

また、記者の方の質問にも言葉足らずな面があるため一概には言えないが、吉村府知事は記者の方の質問2に対して答えていないように思える。17日の発表前に、府庁で行われた議論、経緯について何も説明がないからである。記者の方が「経緯」で何を意図していたか不明だが、ここで問題になるのは次の点である。

  • 17日の定例会見の段階で、大阪市立大学における審査委員会が24日に開かれることを知っていたのか、知っていなかったのか。

もし知っていたのであれば、17日の定例会見において「24日の審査委員会での審査を経た上で実施する予定である」と発言すべきである。

また、もし知らなかったのであれば、それはそれで問題である。マスコミから多大な注目を集め、1つ1つの発言に責任が問われる府知事という立場にありながら、治験に到達するまでの種々のプロセスを理解しないまま発言するのは不適切と言わざるをえない。

いずれにせよ、「経緯を明らかにして欲しい」とする記者の方からの質問には適切に答えていないという問題がある。 

3. 問題点2:「質問内容の誤解」

24日の会見で、ワクチン開発に関してさらなる質問がなされた。その箇所を引用する。

共同通信:関連してなんですけども、今回ワクチンの研究開発、あるいは製造の主体ではない行政の側から、特に知事のように知名度と影響力のある方がメディアに出て、何回も繰り返してスケジュール、それから見通しについて断定的に発信されますと、当然それを見ている府民、国民の期待値も上がると思います。そういう今の状況について生命倫理の専門家の中からは、現場に過度なプレッシャーにならないかちょっと懸念があるというような指摘もあるんですが、知事のご見解はいかがでしょうか。(注:下線は筆者によるもの)

この質問の意図は、「スケジュール、見通しについて「断定的に」発信すること」の是非を問うものである。17日の定例会見で30日に治験を実施すると述べたことが断定的な発信の一例であろう。この質問に対して、吉村府知事は以下のように回答した。

吉村:一定の、あるいは、いろいろわれわれも話を聞いて協定も結んでいますので、府民の皆さんに目標を示していくというのは知事としても必要な役割だというふうに思います。知事に一切しゃべるなというんであれば、もう協定結ぶ必要もないし、独自でそれぞれにやっていくということになるんじゃないかと思います。オール大阪でやっているので、別に僕、邪魔するつもりでもなんでもないんですけれども、最終的には市大の倫理委員会でこれはまず決めることだし、それ以外にもいろんな国の手続きだとか、あるいは困難な課題というのはたくさんあります。全てが予定どおりにいくわけではありません。でも、やはり命を守る、そして、特に今ワクチンがない中で医療従事者の皆さんっていうのは最前線で闘ってらっしゃいます。そういった医療従事者の皆さんに、有効なワクチンというのが、なんとかこれを大阪でできるだけ早くできないかというのは、知事としては普通の思いだし、それから重症でお亡くなりになられる方も、このワクチンが一定程度、効果が出れば、これは命を救えるということもいわれているわけなので、その進捗とか目標っていうのを知事の立場で発表する、ある意味そのこと自体を非難されるというのも少し違うんじゃないかなとは思ってます。

ここで、吉村知事は記者の方の質問内容を誤解している*1。記者の方は、「断定的に、スケジュール、見通しについて発信すること」の是非を問うているのであり、「スケジュール、見通しについて発信すること」それ自体の是非を問うていない。引用箇所の最後の部分で、「その進捗とか目標っていうのを知事の立場で発表する、ある意味そのこと自体を非難されるというのも少し違うんじゃないかなとは思ってます」と述べているが、そもそもワクチン開発に関して知事の立場で発表することは非難されていない。論点がすり替わっている。当然、ワクチンの開発の進捗状況は発表するべきである。ただし、きちんとしたプロセスを経て、誤解につながらないような形で、である。

4. まとめ

今回は、吉村府知事の17日、24日の定例会見、その際の質疑の内容を取り上げた。上で見たように、吉村府知事は質問にきちんと回答せず、質問内容を誤解している。そのため、結局のところ、17日の定例会見の時点で大阪市大で審査委員会が行われるのが24日であることを把握していたのかは定かではない。

ワクチン開発は、誰もが待ち望むことである。だからこそ、科学的なプロセスを重視し、きちんとした手順を踏む必要がある。また、吉村府知事も慎重に誤解のないように発信していただきたい。

最後に、25日に行われた松井大阪市長の定例会見の動画へのリンクを記載しておく。

 


令和2年6月25日14:00~ 大阪市市長会見

 

この会見でも、治験実施の発表と大阪市大の審査委員会の開催日との関係に関する質疑が行われている。上記の動画の47分ごろからである。

動画を視聴する前に予断を与えるのは本意ではないが、松井市長の回答はあまりにも不誠実であり、質問内容への誤解が多々あることを申し添えておきたい。

 

 

*1:おそらく、誤解であり曲解ではないと思われる。